地球が回るから、いくら走っても辿り着けそうにない。
youtube_write(”);つい最近、20キロを苦にせず走れるようになった。
10年ぶりくらいだろうか。
深夜、通ったことのない坂道を、帰宅する人に混じって駆け上がる。
バスが追い抜いていく。座席にはほとんど人が乗っていない。スーパーマーケットの灯りは落とされ、暗い大きな箱が、交差する道の角に置かれているようだ。緑色のロゴマークが電灯の光に照らされている。不十分な光で、ロゴマークは暗い緑色に見える。 携帯電話を見ながら帰途につく女性の後姿が、暗闇の中から浮かび上がってくる。反対車線にはベージュのコートを着た中年の男性が、ビニールの袋を手に提げて歩いている。付近は住宅地だった。
まばらに置かれた電灯や、部屋の窓から漏れる明かりが周囲を照らしていた。
足音が聞こえたのだろう。
前を歩く女性は振り向いた。
肩まである髪の毛が、闇の中で舞う。もうほとんど彼女に並びかけているときだった。彼女は驚いたような目をしていたのだろうか。
それとも威嚇したような目をしたのだろうか。すでに追い抜いた後ではそれを確かめようはない。 坂を上りきると交差点があった。右に曲がると道は徐々に狭くなって歩道がなくなった。車の光が後ろから照らす。道に影がくっきりと映る。車のスピードが下がる。ゆっくりと緩やかなカーブを曲がりながら追い抜いていく。
車が通り過ぎると、道はまた暗い闇に包まれた。 16キロを過ぎたころだろう。不確かながら自信を持てた。20キロ走ることができるだろう、と。暗い道が山に囲まれているようだった。国道246号線の車の連なる光が見える。大型マンションの窓の光が無数に目に入る。それでも、周囲は山のように感じた。
静かな物音を立てて、山は呼吸する。
その息が肌に触れる。何度も何度も確かめたくなるような喜びが着地する足に伝わる。
上京して1年が経ったくらいの頃、友人の結婚式で地元に帰った。お金がなかったし、特に急ぐこともなかったので10時間くらいかけて各駅停車で帰った。電車の中では眠ったり、本を読んですごしていた。
何回目の乗換えだろう。福島駅のホームで2時間ほど電車が来るのを待たなければならなかった。山に囲まれた福島のホームは、すでに真っ暗だった。ホームには蛍光灯がともっていた。真っ白な光だった。 たぶん、春先のことだと思う。風が冷たく肌に触れた。知っている風ではなかった。
風は話しかける。君は誰?と。知らない顔だな、と。 ホームの光を頼りに読んでいた文庫を後ろポケットにしまう。自動販売機で温かい缶コーヒーを買った。まだ時間はあった。この道は故郷に続いていない。帰り方を忘れてしまったのだ。
南からやってくる電車の光を待った。北上する電車に乗っても、実家にはたどり着けない。 暗い夜の道、国道246号線に向かう緩やかな下り坂、少しずつ変わる走るリズム。
住宅に囲まれた道がまっすぐ続いている。このまま走り続けたら故郷に続いているかもしれない。19キロを過ぎたときだろう。不確かだったものは確かのものになった。まだいつでも故郷に帰れた時の標識。山に囲まれた土地の青い標識だ。白い字で書かれた故郷の名前と距離。夕暮れを飛ばして夜が訪れる。
長い夜の会話。時間を持余していた時の友人の声が聞こえる。いつも走っているな、と。
そうだ、いつも走っていた。
速くもないし、速くなる兆候もないのに。
家に着くと妻と子供はもう寝ていた。子供にとってはここが故郷だ。つまり、僕はここで走り続けなければならない。速くもないし、速くなる兆個などなくても。